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躓ける初心者 [サマリー]

 2005年を振り返って
■馬の背に乗る心地よさをほんの一瞬味わっただけなのに、
乗馬に取り憑かれて乗馬クラブに通いつめた年であった。
■「駆歩ができない」まま一年を過ごしてしまった。
走り出す馬の動きに対する恐怖が、根強く私を支配している。
駆歩する馬に騎乗することには我慢できるようになったが、
心地よいとかもっと走れと感じることができない。
結局、この緊張感が身体を固くしてバランスを崩したり
馬の不安感を煽ったりして、トラブルのもとを作り出しているのだろう。

■しかし〈乗馬クラブに足が向かない〉段階から
〈バランスの悪い駆歩ながら輪乗りで乗れる〉所まで
回り道しながら続けてこれた自分を誇りに思いたい。

振り返ってみると、

○2月 初級レッスン中、かかった馬から落馬。
落馬の痛手もさることながら、突然猛スピードで走り出す馬に恐怖を感じる。
また、この時の教官の「もっと脚使って」「手綱を短く」の声がトラウマになる。
以降この声を聞くだけで手が震える。
○3月 駆歩をしないビギナーレッスンのみ参加。
○4月 引き馬中に馬が肢を滑らせて転倒。
突然の馬の大きな動きがとてつもなく恐ろしく感じるようになる。
自分が最低の下手でダメな人間と感じられ、乗馬を止めようかと考える。
○5月 乗馬を止めたら挫折した経験のままだと踏みとどまる。
ブログで励ましコメントをもらい勇気がでる。
駆歩レッスンを再開するが、駆歩発進しようとするだけで馬上で固まる。
クラブに行く前にフラワーエッセンスレスキュー・レメディ』をのむようになる。
【主席】【陛下】といった経験豊富な練習馬のお陰で、なんとか駆歩する馬に乗れるようになる。
他の馬だと緊張して息を止めてしまったりと上手くいかない。
グリコ先生がバランスレッスンをして下さる。
バランスよく馬に乗ると腰が浮いたり鐙が外れたりせず、気持ちよく乗れることを発見。
このときペガサスの飛び立ちの様なフワッとした駆歩発進があることを知る。
【陛下】を疝痛で失う。
○6月 バランスレッスンを続けながら、駆歩発進するまでの馬の状態の作り方を学ぶ。
脚で馬エンジン回転数を上げる必要性に気がつく。
ただし「脚使って」トラウマと対抗しつつなので、わかっていてもなかなか上手くいかない。
○7月 ふわっとした駆歩発進を追求する。
自分より後から乗馬をはじめた同年代の方に抜かれる。(くやしい〜)
鞍の購入を勧められるが、果たして乗馬を続けるつもりがあるのか自分でも決心がつかない。
○8月 鞍を購入。続けて行く気持ちを固める。(半分無理矢理)
暑さのために頼りの【主席】がダウン。
しゃかりきになって騎乗することに無理を感じる。
それより、馬の手入れの方に興味が移る。
○9月 クラブの経営体制が変わって、スタッフの人員不足。
疝痛で【主席】の命が危ぶまれる。
馬に乗ることより健康で生きていてくれることに気持ちの大部分が移る。
馬房掃除などにも手を出すようになる。
○10月 新しい体制のクラブに慣れることがメイン。
競技会見学や外部講師レッスンに参加。
体調が悪い馬や物見をして跳ねる馬に緊張しながらレッスンする。
○11月 体調の回復した【主席】に乗馬人生最大のプレゼントをもらう。
ものすごく気持ちのいい乗り心地を味あわせてもらう。
「駆歩って気持ちいいのかも…」と思えるようになる。
物見して飛び出す馬に乗っていられる自分に自信がつく。
○12月 ジムカーナ競技に向けて【杏爺】とペアを組む。
ピニョンさんの講習会に見学参加。
教官に頼りすぎて、自分で馬に対するリーダーシップをとれると思っていなかった姿に気がつく。
さらに馬の体調を気遣うあまり必要な要求を途中でやめていて、かえって馬を混乱させて尊敬されなくなっていた現状が理解できた。
馬に乗る時にガチガチになっていた自分に思いいたる。
不必要な力を抜くことにもっと注目していい。
「尊敬」と「リラックス」馬にも人にも相互に求められるものなのだろう。

■さて、2006年はどこまでいけるか?
楽しみであるが、それを支える経済的基盤をなんとかしなくては。

… … … … … … … … … … … …
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今月のまとめ 2006.02 [サマリー]

 2006.01.27~02.27 始めてから1年6ヶ月(234〜253鞍目)
ーーーーーーーーーーーーー〈馬〉ーーーーーーーーーーーーーーーー
【アレフゼロ】13鞍 【ベルベットシート】3鞍 
【杏爺】2鞍 【霧丸】1鞍       計19鞍
ーーーーーーーーーーーー〈レッスン〉ーーーーーーーーーーーーーー
■ビギナークラス:馬断ち後の身体ならし。
■真っ向駆歩クラス90~97(8鞍)
 駆歩時の姿勢の安定と巻乗りが課題。なんとかクリアできたので、
 自主卒業を決める。
 馬に顎を譲らせる操作の導入編。
 脚の扶助(位置とタイミング)の確認。
■初級馬場クラス1~8(8鞍)
 一年ぶりに原級復帰する♡
 いきなり駆歩で輪乗りの開閉をやり、精神的に疲労。
  その後は、
 手綱の手応えに対する感覚を養う。
 2ポイント→3ポイントによる駆歩時の姿勢の安定化。
 内方姿勢(脚と手綱および馬の反応)の入門編。
 駆歩は、蹄跡と輪乗り。
 速歩での蛇乗り、山形乗り、輪乗りを換え、
 中央線での巻乗り、輪乗りの開閉
 254鞍目から先丸拍車をつける(【アレフ】のみ)
■お楽しみ騎乗(2鞍)
 ドレッサージュアリーナを駆歩で走らせる初体験。
 (怖さで身を縮ませるだけから、腹をくくる)
ーーーーーーーーーーーーー〈感想〉ーーーーーーーーーーーーーーー
乗れる日は必ず乗った。ひと月17鞍は最大値に近い。
馬が重くて疲労困憊する時が多かったが、「ふわっ、すう」と馬のパワーがよどみなく前に進む走りを楽しめる日もあった。
偶然に頼るのではなく、前に進もうとする力を手綱で気持ちよく制御してあげると可能なのだと言うことがわかった。
が、現在は導入編。これから技術を身につける始まりなのだ。
初めて立ち乗り(2ポイントキャンター)を経験して、あまりの楽しさに驚き。
駆歩やりたい!と思った最初となる。
今月の最大の功労者は4%先生。無理させず優しいので、安心して駆歩などができた。
寒くて上位クラスの人があまり騎乗していなかったから、
レッスンしてもらえたのかも… 人の敬遠する季節はもうけもの。


『飼い主はほとんど家にいないからボクの天下さ』


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今月のまとめ 2006.03 [サマリー]

2006.03.02 〜 03.31 乗馬を始めてから1年7ヶ月 244鞍目〜269鞍目 
ーーーーーーーーーーーー 騎乗した馬 ーーーーーーーーーーーーーーー
【杏爺】8鞍  【ベルベットシート】6鞍  【アレフゼロ】2鞍
                  計16鞍
ーーーーーーーーーーーー  レッスン  ーーーーーーーーーーーーーー
初級クラス レッスン 10回  4%先生:3回
               グリコ先生:6回
               カポエラ先生:1回
復習レッスン 6回
ーーーーーーーーーーーー レッスン内容 ーーーーーーーーーーーーーー
初級クラスでのパートナーが、最初に【アレフ】3月は【杏爺】→【ベル】と
ステップアップしてきていることを考えれば嘆くこともないのだろうが、
駆歩で図形運動ができない! 安定した駆歩が長く続けられない! と落ち込むこと多し。
速歩では、内方姿勢とその入れ替えがメイン。

〈今月のベスト〉
☆どんどん推進していくと手綱に押し出していく力が感じられて、気持ちよい走りができた。
☆【ベル】でリズム不変のスルスル巻き乗り
内方姿勢をとってもらえたら譲ることを心がけたら、驚きのスムースさで巻いてくれる。
☆内方姿勢をとらせて軽速歩をすると、手前が間違っていると馬が曲がっているように
感じられる。

〈今月のワースト
★馬場周囲の林に【杏爺】が物見して、並足の輪乗りしかできなかった。
★大きなラブラドール犬に驚いた私が緊張のあまり手綱を強く持ちすぎて
【杏爺】に苦しい思いをさせた。その結果、大きく跳ねる【杏爺】
★脚での推進が足りないのに、手綱であっちこっち引っ張り回して【ベル】の
ご機嫌をそこねてしまったこと多数。
★軽速歩の手前合わせが、わからなくなってしまった。

駆歩の誘導はまったくできない。できたのはまぐれ。
駆歩の維持は蹄跡行進ならある程度できる。【ベル】では速歩に落ちること多い。
騎乗者の上体の揺れは陰をひそめたが、拳が動いてしまったり脚が安定して使えないなどの
欠点は依然として改善の余地あり。

手綱のコンタクトについては、前に出る力がハミを押し出していく感じとして感じられて
気持ちいい走りを経験することができた。
馬がちゃんと前に出てくれるときは、内方姿勢をとったり姿勢の入れ替えをするのも
スムースにできる。
巻き乗りや輪乗りがリズムやスピードが変わらず、スルスルときれいにまわってくれるようになった。これは、内方を向いたら譲る重要性を理解できてから劇的に変わった。
何をするにしても、推進がすべてであることが身にしみてわかった季節だった。

ーーーーーーーーーーーー ちょっとした愚痴 ーーーーーーーーーーーーー
復習レッスンの数が多すぎるような気もする。
せめて3分の1以下だったらいいのに…

ーーーーーーーーーーーー  4月の抱負  ーーーーーーーーーーーーーー
いかに【ベル】のご機嫌を損ねないで乗れるか。駆歩の巻乗りをできるようになりたい。
わがままの最初の挙動にすばやく対応すること および 推進の足りないまま
手綱で引っぱり回さないように気をつける。
それにしても、脚の推進不足がもっとも問題。
力ではなくて、タイミングやあたる場所の違いなのに、どうしても人が焦ってしまい
馬の邪魔をしているのが悔しい。
これからは、拍車をつける練習も必要かも。


今年の梅は遅かった。桜に追いつかれてしまった。


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苦闘する初級者 [サマリー]

 2006年を振り返って
■この一年の騎乗数は160鞍。
馬断ちや出稼ぎで休んでいた期間を除くと平日はほぼクラブにいたことになる。
「気持ちよく駆歩できるようになりたい」という望みを抱いて1年経ったが、
「できた!」という確証ある達成感はない。
■気持ちよく乗れた時もあるし、
「ああ、なるほど」と身体感覚的に納得する瞬間もあったのだが…
このストンと胸に落ちる〈気づき〉は、求めて得られるものではないし
次の騎乗では霧散していることもある厄介なものなのだ。

○1月 家族の受験時期にあたり「落馬」忌避のため馬断ちする。
○2月 乗馬再開。出戻り駆歩クラス100鞍在籍に至って、初級クラス復帰を決意。
ベテラン馬の駆歩がスムースに出来たことを契機として初級に戻る。
メインのパートナーは【アレフ・ゼロ】
いきなり〈駆歩での輪乗りの開閉〉等のレッスンに私がパニックを起こす。
不退転の決意で臨んだ初級復帰だが、早くも不適応。 
○3月 パートナーが【杏爺】に替わり〈2ポイント駆歩〉を教わる。
普通の駆歩より楽に乗れる。ようやく光が見えてきた。
後半からは【ベルベットシート】がお相手。
〈内方姿勢〉の練習はうまく行くのだが、時としてワガママに泣かされる。
○4月 【ベル】【杏爺】などで拍車をつけて乗る練習。
新馬君たちがやって来る。
GWの運動会に向けてジムカーナの練習開始。
○5月 新馬【ときめき】でジムカーナ入賞。
パートナーが【時鮭】となる。
〈速歩での3湾曲〉〈半巻き乗りで中央線に入る〉など図形運動の練習。
メインアリーナを駆歩1周する経験。極端に広い馬場だと却って怖くない。
○6月 【霧丸】【時鮭】【ベル】と障害を得意とする馬たちがパートナーとなる。    
〈変則軽速歩〉〈2ポイント〉などで人のバランス強化策に出る。
〈控え手綱〉など外方手綱でコンタクトとる練習も少しかじる。
駆歩はもたつく事が多いが、
〈輪乗りでの2軸感覚〉など自分と馬とのバランスが感じられるようになる。
バランスの更なる強化の為に障害レッスンを始める。
○7月 新馬の【チャンドラ・グプタ】【アウグスティヌス】に乗せてもらう。
バランスに敏感な馬なので、まっすぐにのる重要性を教えてくれる。
駆歩恐怖症の発端となった【山桜】の駆歩ができた。リベンジがかなう。
障害レッスンでは、速歩でクロスバー越え、駆歩での横木跨ぎができるようになる。
メインアリーナだと駆歩が気持ちいいのはどうして?
○8月 特定のパートナー馬ではなく、8〜9頭の馬に乗る。
駆歩での姿勢矯正が中心課題となる。    
以前のような大袈裟な舟漕ぎは少なくなったが、
前傾して脚が流れ拳が動くのは相変わらず。
調馬索での練習などで口を酸っぱくして注意される。
障害は、駆歩で単独のクロスバーを越える所まで。
○9月 2課目のパート練習が始まる。障害練習はお休み。
まず〈停止〉や〈速歩発進〉の移行練習。
〈直進〉〈斜め横足〉など脚の扶助と手綱のコンビネーションや〈3湾曲〉での
姿勢の入れ替えを練習。
○10月 プチ出稼ぎで10日間お休み。
2課目経路の練習。
正確な図形・移行が目標だが、とりあえずそれらしく出来ることが自己目標。
【ベルベットシート】をメインパートナーとするも、
どうしても右駆歩がうまくいかず【アレフ・ゼロ】に変更。
信頼できるベテラン馬にもかかわらず、激重or暴走の振幅の大きさに不安がつのる。
練習で問題なくできたのは1回のみ。 
○11月 運動会・2課目馬場馬術競技に【アレフ】で初出場。
物見した【アレフ】は経路を外れてしまい、正確な図形や移行どころではないまま終了。
今にして思えば、情けない騎乗をアレフの物見のせいにしている自分が許せない。
それでも、最後まで乗って何とかしようとしていた自分は褒めてあげないとね… 
出稼ぎのため、初旬から12月下旬まで長期のお休みに入る。
○12月 クリスマス休暇を利用して騎乗。
【霧丸】をパートナーに基本に戻って騎乗姿勢の矯正に費やす。

■「駆歩はやっぱり下手クソ」だが、こうして振り返ると
年初めのころの駆歩は、触ると壊れそうで迂闊に注意すらできないような代物だった。
それを思うと、駆歩しながら脚や手綱のことを考えられるようになったのは進歩。
バランスレッスンのお陰で、ようやく普通のヘタにまで昇格できたと喜ぼう。
■クラブの教官や会員の方が「乗馬におけるバランス」の勉強を
熱心にされていた影響で〈ヘタの原因はバランスの悪さにある〉と看破し、
騎乗バランスを鍛えることが最重要課題となった。
2ポイントの騎乗姿勢を馬場一周維持できるようにしたり、
変則リズムの軽速歩、片側だけの鐙上げなどのエクセサイズをやらせてもらった。
さらに調馬索で騎乗姿勢の矯正、バランスに敏感な新馬に乗せてもらう、
障害レッスンに参加などいろいろ。
ただ一朝一夕に改善するわけではなく、いつも同じ注意をされながら乗り続けることしかないのかもしれない。
そのうちに必要な筋肉がつき神経の反射経路ができあがってくる。
最初はなぜ注意されるのかもわからない、
注意されてもどうしていいかわからない状態なのに
だんだん注意された時には直せるようになって、
自発的に直せるようになって、
人馬の調和がとれないようなときでもなんとか調整が効くようになって、
最後は無意識のうちにできているようになるのだと思う。
まだまだ、言われて直せる状態どまりなのにはため息が出るが…
■11月に2課目競技に出られたのは、良い経験だった。
私は出来ないことを馬のせいにする貧しい人間だとバレてしまったが、
それでも駆歩で輪乗りをしたり斜めに手前を換えたりできた。
足元は依然ビギナーレベルだが、目指すべき視線の先がはっきりした。
移行や図形運動が何となくできるレベルから意図した通りできるレベルに。
来年はもう一度2課目競技に挑戦したい。
今度は、自分のできなかったところがはっきり自覚できる内容が目標。

■「騎乗バランスがとれて初めて脚や手綱を本格的に学べる」
「バランスは頭で考えているうちは身に付かない」
「リラックスして、馬と自分のリズムが共振できるよう」
これってマニュアル依存症で葛藤回避人間の私には、とっても難しい。
「どうして私はヘタなの」「ちゃんと動かない馬がいけない」
「部班でご迷惑かけるのが嫌」「また暴走されて落馬するのが怖い」などなど、
いつまでたっても「私が!」と自分大事で馬に乗っている。
こういう自分を一旦手放してしまうと楽になれるのだろうなあ。
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」なのだ。

… … … … … … … … … … … … … … … 

初級クラス復帰関連記事
●回帰宣言 2006-02-10
●初級クラス再開2006-02-15
●輪乗りの開閉2006-02-16

バランス強化関連記事
●ジムカーナで気分転換2006-04-26
●重心が気になる2006-05-15
●中級クラスの雰囲気2006-05-24
●二軸感覚2006-06-15
●障害に挑戦2006-06-30

2課目に挑戦関連記事
●2課目講習会


"とらうま"を抱きしめて [サマリー]

2007-03-21(Wed)春分の日
■【山桜】と競技会デビューを無事果たしてきた。
いまその意味の重さをひしひしと感じる。
と同時に、デビューのために尽力して下さった方々への感謝の気持ちも
改めて深くなっていく。

■2005年4月、乗馬を始めて8ヶ月目。
私は「下手クソの最低、危険人物でクラブ出入り禁止、どんくさいオバさんはいくらやってもうまくならない」と情けなさで胸が張り裂けんばかりの状態だった。
もともと運動神経は鈍く、体力気力も不足ぎみ、中年太りに差しかかりいい所は何もなかった。
2005年2月の103鞍目に起きた落馬。
かかった【山桜】から落ちたのだった。
手ひどい打撲からようやく回復したところで、今度は2件続けての馬の転倒事故。
「またあんたか」という突き刺さる視線が痛かった。
罪悪感からクラブに足を踏み入れることのできない状態が続いた。
「どんくさい私だとクラブや馬に迷惑をかけてしまう」
「やっぱり、スポーツは苦手なのよね」
当時、サービスが始まったばかりのブログで乗馬日記を書き始めたものの
すぐに更新停滞、意気揚々とブログ公開したことを悔やんだ。
■「落馬して怖くなったので」
「落馬して止めちゃった人の話はよくあるし」
「骨折や半身不随になるリスクもある」
「しかも、乗馬はお金もかかるし」と乗馬をやめる体裁のいい理由は沢山あった。
劣等感と挫折感と自己不全感と馬の大きな動きに対する恐怖で、身を引き裂かれるような思い。
そして、それを覆い隠すように
「やっぱり無理」「高望み」「取りあえず初級までいったのだから」と
あきらめ、言い訳して合理化し、些細なことにしてしまおうとする自分もいた。
■でもね、そんな時。
「きっと駆歩できるようになるから」
「私と同じような人がいるなんて、驚き」と
ブログにコメントしてくれた方々がいた。
最も傷ついて苦しんでいる時に、届いた声。
涙が出て止まらなかった。
そして、
「ここでやめたら挫折した経験のままだ」
「死ぬまで『昔乗馬をしたけどやめた』という思い出話だけしかできない」と
思えるようになった。
 ー やめるわけにはいかない ー
上達する保証は何もなかった。
「落馬してから怖くてダメなんです」と言ってみたところで、特別なレッスンがあるわけでなくトラウマを自分で直してく術を探らなければならなかった。
ブログは「おばさんが下手なまま悪戦苦闘する記録」
「さらなる挫折に向けての実録」になる覚悟で続けることにした。

■自分に対する自信のなさ、馬の大きな動きへの恐怖は、
リラックスして馬の動きについていく」という乗馬の基本を完璧なまでに阻害した。
口の悪い教官に、
「やるべきことはもう教えたんだから、あとは気持ちの問題」と苦笑された。
年若い教官には、
「どうしてできないのか理解できない」とばかりにダメ出しされた。
この時ばかりは「お金を払ってまで自尊心を踏みにじられるなんて」と感じた。
そして、ようやくわかってきた。
「誰か私を助けて」
「どうすればうまくなるか手取り足取り教えて」と他力本願でいることの不毛さを。
■自分ができる所まで戻って納得するまで乗ろう。
「〜ができた」と喜ぶのではなくて、
「ああ、こういうことだったんだ」という気付きを大切にしようと思えた。
時を同じくして、天翔る馬のような気持ちのいい乗り心地を名馬たちからプレゼントされて「もう一度この乗り心地を味わいたい」と強く望むようになった。
■馬の手入れがメインで、騎乗はビギナークラス。
「あの素晴らしい乗り心地をもう一度」とそれだけを暗闇の先の光として続けてきた。
詳細は、ブログの騎乗記録の通り。

■【山桜】とは落馬の打撲傷が治った時点で、
「あんな危険な馬をどうしてクラブは置いていくのだろう」とか
「新馬あがりの馬に乗せるのに新米のインストラクターがつくなんて」と
クラブの対応を批判がましく思ったのだが、
馬自体を非難する気持ちにはなれなかった。
「危ない馬はお肉になっちゃえ」とちらりとかすめた考えを慌てて取り消して、
「私がもう一度乗れるようになるまで、絶対に!! 待っていて !!!」
「どこにも行かないでいてね !!」と馬房の前で語りかけていた。
■とは言え、「暴走する、物見して走り出す」という話を聞けば、
「やはり危険な馬だったのだ」と自分の落馬を正当化してしまうし、
同じ部班レッスンに彼が出てくれば「一緒のレッスンはいやだなあ」とつぶやく。
【山桜】を濃い色眼鏡で見ていたことは否めない。
■「そろそろあの馬にも乗ってみませんか」
「軽い扶助で駆歩が出るし、一定のリズムで走ってくれるからいい馬よ」と
言われだしたのは1年半後。
いまだに駆歩でのバランスが悪く、普通の馬では駆歩の継続が難しかったのだ。
何かの都合で配馬の入れ替えがあった時に【山桜】にあたった。
そして、どの馬よりも騎手のバランスの悪さに耐えて
駆歩を続けてくれる彼に驚いた。
【山桜】のおかげで駆歩を続けていられる、斜めに手前を換えができてしまうことに感謝した。
ようやく関係修復。
彼を目の敵にようにして距離を置いてきた自分と決別。
103鞍目の落馬は、心の棘としての形を失って単なるひとつの出来事になった。
■400鞍目の騎乗が【山桜】に本格的に乗りだす端緒だった。
「もちぇさん、競技会に出てみませんか?」と4%先生に声をかけられたのだ。
先の運動会できちんと経路も踏めない状態だっただけに、
「いつかリベンジをしなくてはいけないだろうな」と思っていた。
「私は楽しんで騎乗できればそれで十分」という台詞をつい使いたくなるが、
そのなかには卑下や逃げという毒が含まれている。
競技会まで6週間しかない。
3月中旬、卒業式の頃になる。
「これが私ととらうま君との卒業式になるんだろうな」という予感もあった。
■以後は【山桜】とペアを組んでの練習となった。
一日ふた鞍なら【山桜】と他の馬になる。
扶助に敏感で身体が柔らかい彼は、自由自在に動いてくれる魔法のような馬だった。
さらに4%先生が下乗りをして下さって効率的なレッスンになるよう最大限の配慮をいただいた。
扶助に対する馬の反応がきちんとわかる状態になっているので、
馬をまとめる感覚とか、ハミを追っていく手綱の感じとか、
歩度の詰め伸ばし、収縮した状態などこれまでとは次元の違う学びをさせてもらった。
日々【山桜】と接していると、疲れてボーとしていたり
行くぞ行くぞとハイテンションだったり同じ馬でも微妙に違う。
また、私自身が馬に感謝しながらも段々依存心が芽生えて、些細なことに不安感を抱いたりと騎乗者としての心の揺れも経験できた。
馬の鼓動を聞く経験も忘れがたい。
大きな心臓。ハートとハートが響き合う。
■「競技会に出るのはレッスン10鞍分の価値がある」
「競技会の成績より、その日に備えて頑張ったことに意義がある」と
諸先輩に言われていた。
馬運車でいつもと違う場所に移動し、人も馬も正装をしてと
普段と違うハレの世界。
いうなれば成人式とか結婚式のような〈通過儀礼〉なのだ。
確かに競技会を終えて、自分のクラブが懐かしいわが家のように思えてきたし、
他者の視線にさらされて【山桜】と自分が一歩一歩を進めていく以外にないと
強烈に感じた。
4%先生に最後まで調整をしていただいた【山桜】はこれまでで最高の乗り心地であったが、準備馬場から本馬場へは誰も助けてはくれない。
馬に乗せていただくのではなく「馬に乗る」という自覚。
そのとき自分はどうするのかという何十回となく繰り返されるシュミレーション。
やり直しのきかない本番をどこまで精緻に組み立てられるのかが、問われる。
デビュー戦では「50% がとれればいいな」と密かに思っていたので、
今回は望み通りの結果になった。

■結局、とらうまって
「誰か何とかして」と思っている間は、肩にずしりとのしかかって身動きを封じてしまうものないかもしれない。
「負けてばかりいられない何とかしなくちゃ」と自分の足で立ちあがってみて、初めて何とかできそうなところとかちょっと軽くなりそうなタイミングとかが見えてくるんじゃないかな。
あいも変わらず下手だが、それでもここまで来れたことは
私の大きな財産になった。

 だって、挫折した経験のままに終わらせなかったのだもの。

 馬に乗っていてよかった、続けてよかった。

 私のとらうま君【山桜】を心から抱きしめて、ありがとう。



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