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第2章 落馬リハビリ編 ブログトップ

103鞍目 また落馬★ [第2章 落馬リハビリ編]

通算6回目になった。
私の通う乗馬クラブでは、落馬は100回に1回の割合だそうだから、103鞍目で6回というのは、私が危険人物ということに他ならない。
今回はなかなか駆歩発進ができず、ようやく発進したと思ったら速度をあげて埒まで走っていったという状況。一瞬「この馬は埒を飛び越す気?」と思ったところで落ちた。お尻から落ちて、右大腿と膝を打撲。これまでのなかで最もダメージの大きい落馬となった。
落馬しない為には「バランスをとって、リラックスして」と言われるが、急にこれまでにない速さで走り出した馬に乗ってリラックスは出来ないし、まして飛び越すのかと思うほどのスピードで埒が目の前に迫れば、身を固くして来たるべき衝撃に備える以外何ができるか。

100鞍を超えたあたりから、気持ちの上で疲労していた。「なぜこんなに一生懸命にやらなくてはいけないの?」 急に大きく動き出す馬に怖さを感じながらも、それを我慢していたところがある。コメントに【命がけの趣味】と表現してくれた人がいたが、まさにそう。しかも、私は骨密度が要注意領域と少ないため、脊椎の圧迫骨折が怖い。3歳から100歳まで可能なスポーツとは言うが、ハイリスク・ハイリターンである事は否めない。


リハビリ乗馬 [第2章 落馬リハビリ編]

●落馬後2鞍目(通算105鞍目)
●右膝の具合がずいぶん良くなり、曲げてもあまり痛まなくなってきた。くしゃみをすると腰に響くのは相変わらずだが、馬に乗るのが楽しみ! 前回は身体の状態が悪かったにもかかわらず、騎乗して揺られている方が楽で帰宅してから急激に右足の動きが軽くなったので、今回も期待する。
●クラブに行くと、リハビリプログラムの騎乗者は二人。もう一人の方は初級のレッスン中に右手小指を脱臼して、回復後の1鞍目。今日はロッカールームでも、階段から落ちて尾骨を骨折し2ヶ月休養の後、リハビリ騎乗をされていた方にお目にかかった。レッスンの教官も両手小指の負傷経験ありで、『みんなで怪我自慢大会』の様相を呈す。
●レッスン内容は、並足とゆっくりとした速歩で手前換えが入る程度。落馬後は、痛みや恐怖からちょっとしたことでも緊張しやすくなる。そこを心得ている教官は、いつになく優しく声をかけ、ささいな事でもほめてくれる。
●中腰で立ち上がる軽速歩ができない私は、すべて速歩。そこで、今日の課題は【拳を静かに、馬の気に入る力で手綱を引き合う、馬の口の上でおへそが跳ねるように】 バランスよく速歩のリズムにのると腰が楽になる。ところが手綱のコンタクトがうまくとれなくて、馬の首が潜っていったり歩調が乱れるととたんに腰に痛みが走る。あまりの痛さに軽速歩をとってもさらにつらいだけ。結局痛みから解放されるには、馬の口の中の柔らかさを感じ取れるような手綱の感触を維持しながら、まっすぐ背を伸ばしておへそから前にでるように乗る以外なかった訳です。痛いので真剣にバランスのとれるポイント探した。ほんの4、5秒しか続かないのだが、「ああ、それでいいですね〜」と励ましのお言葉に支えられる。
●後半は、腰の痛みに耐えかねて上半身が揺らぎ始める。内股でしっかり挟んで脚全体でつかまると少しはいいのだが、疲労困憊。
●数回のリハビリで元のレッスンに戻れると思っていたが、もしかしたらだめかも…と暗くなってしまった。


いかに不調をのりきるか [第2章 落馬リハビリ編]

■落馬後は腰痛に打ちのめされた。さらに、今朝の体重は5○.2kg。Yahooのダイエットダイアリー開始時の体重より重くなり、ダイアリーの記帳も嫌になった。
ジョギング乗馬もほとんどやらずに2週間がたっている。バレンタインの名残でチョコをつまむ事も多くなり、身体全体がモワーと澱んでいる。
■いかに不調をのりきるか?
朝刊の書籍広告にいいことが書いてあった。「グズな習慣の直し方:その気になるのを待たない。とりあえず4分間続けてみる。他」(『ついつい大事な事を先のばしにしてしまうあなたへ』光文社) つまり、好調になるのを待たない。不調なりにとりあえずやってみる。ということかな。
■そこで、朝のジョギングを再開。やはりというか、足が前にすすまない。穏やかな坂道でも下りになると腰に響く。いつもの行程の80%を歩いた。
朝の光に梅の花が輝いている。研究所わきの歩道は、いつもながら気持ちが良い。
走れないならウォーキングでもいいが、やはりいい汗をかきたい。
■どうすれは、痛みが少なくなるか?
走りながら、痛む腰に手をあてる。さらに、ぎゅうと力をこめる。なかなか、よろしい。
手を離すとだんだんと身体の重みが下に落ちていくように感じる。腰がとけてずるずると足のまわりにまとわりつくような感じになる。それとともに、足の運びも悪くなり痛みも強くなる。
今回のけがは、尻餅をつくような形での落下だから腸骨や寛骨にくっつく筋肉の起始部が極端に引っ張られてはがれそうになったからではと考えている。とすれば、はがれそうになっているところに急激な加速度をかけるような運動をしなければいいのではと思いつく。 
常識的な〈腰痛には固定〉である。コルセットかサポーターの使用。長期的には、腹筋背筋を鍛えること。走る時は、ゆっくりそっと。当たり前の結論に至る。
サポーター巻いて明日も走ろう。あと、腹筋背筋のトレーニングも追加だ!


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ビデオにうつる騎乗姿 [第2章 落馬リハビリ編]

●落馬後3鞍目(通算106鞍目) 出戻りビギナークラスをとる。ケガの痛みも日に日に薄れてきて、軽速歩もできるようになった。
●前回、速歩で「腰が痛い」とぼやいた為か、今日のお相手は反撞の少ない練習馬。高級車のような滑らかな乗り心地なので、個人的に【ベルベットシート】の称号をつけている。この馬には、鐙上げ速歩をさせていただく程お世話になっている。
●私がこの乗馬クラブを『いいな』と感じるのは、配馬の細やかさにある。その時々の、こちらの心身の調子に合わせて馬を選んでくれる。決して「このような意図でこの馬」とは言わないのだが、配馬表でクラブ側の配慮やレッスンの意図が見て取れる。(だから、足腰が痛くても、心の中で怖いなあと悩んでいてもクラブに足が向いてしまうのだ)
●今日はビギナーのレッスンだが、軽速歩でかなりスピードをあげて走る。部班の先頭なので、馬を前に出すのに腐心する。100鞍以上乗っていても歩度を伸ばす/詰めるは、自由自在にいかない。今日は、姿勢よく拳を動かさずに乗る事と推進を課題とした。すっきり課題達成とはいかなかったが、痛みもなく穏やかな早春の日差しのもと「ああ、馬に乗れて幸せ」と思えた。
●たまたま部班のお仲間をビデオ撮影していて、私の姿も一緒に映っていた。レッスン後に見せていただいた。「がーん!」ショック。曲がりなりにも姿勢よく乗っていたつもりなのに、映る姿は馬をせかすようなリズムでヒョコヒョコと動く私。しかも、かなりの前傾姿勢で妙にねじれて立ち上がっている。全く美しくない。なんとかしなければ…
●馬に乗るのは楽しいことばかりではない。「落ちて怖い想いをしてもなぜ馬の乗るのか?」と聞かれれば、出来得る限りの配慮をしてくれるクラブに支えられているからが大きな理由だろう。さらに馬達が語りかけてくるのだ「乗れるようになるためには乗るしかない」と。


少しは進歩してるかも [第2章 落馬リハビリ編]

出戻りビギナークラス6回目 落馬後8鞍目(通算113鞍目)
■初級クラスの駆歩を見ていると、やはり「ちょっと怖いなあ」と感じてしまう。でも安心。このクラスは、元気のいい軽速歩までである。私を乗せてくれる練習馬は、このところ【ベルベットシート嬢】なので、このレッスンの目標は、気持ちのよい疾走感を得ること!のみ。
■幸運にも部班のペースメーカー役をいただき、ひたすら元気よく前に出すことに専念する。ふくらはぎで圧迫、軽打、両脚を馬体から離してバコ〜ンと蹴ったり、肩に鞭を入れたり。あるいは、圧迫する位置を少し前後にずらしたり、軽打をトントンとリズムを付けたりといろいろ試してみる。
■脚を馬体から離して蹴るには、膝が伸びている方が容易にできるのに気がついた。痛めた膝をかばうため、リハビリレッスンで脚をおろした形そのままで乗れるように鐙を長めにしたのが最初だった。それ以来長い鐙で乗っている。なんとなく脚全体が自由に使えて、しっかり馬体に掴まれるような感じになるのだ。
■正規のクラスの方々が「鐙が外れちゃう」「鐙に足が深くなりすぎる」と嘆く声を聞くと、同じ事を悩んでいた自分がいて、こうやって進歩してきたことに驚く。ほんの何ヶ月か前には、スピードをあげた軽速歩で「あわわわ」とバランスを崩し、脚を使おうとするたびに鐙がはずれ、レッスン後半では体力不足で根をあげていた。
■まるで、じゃがいもが鞍の上にのって手綱をとっていたようなものだった。ちょっと揺れてはごろごろ傾いていた。そのうちジャガイモから根が出て、膝、足首、足指の先と伸びてきた感じである。さらにこれが、馬の肩や腰、そして4本の肢の先まで伸びてゆけば立派なケンタウルスになれるだろうな。これが、今後の目標なのだろうと思う。


ジンガロ [第2章 落馬リハビリ編]

●先週末の土曜日に騎馬オペラ:ジンガロの「ルンタ」を観てきた。「馬と人の極限の芸術」と言われるだけあって目を見張る舞台だった。バルダバスの上半身と馬の肢が一体となりケンタウロス化していたことに感銘をうけた。
●ただ馬そのものより、舞台全体が放つバイブレーションすなわちチベット仏教の声明や踊り、仮面や衣装に圧倒されてしまった。舞台の中心を覆う半透明のドームは、高原や山脈の風景だったり、馬と人のオーラを照り返す空にもなった。ドームの内に10頭以上の馬が静かにたたずんでいた後に、外周の馬場をものすごいスピードで駆抜ける馬の背で曲乗りをしたりと変幻自在に進行していく。出演者挨拶の最後にチベットのお坊さまをたたえる拍手があった。この時「この舞台は馬と人が共に生きる世界への法要だったのでは」と思えた。なんだか宗教儀式に参列したような気分になっていた。
●馬の芸を見せ物にするのではなく、馬と人が共にあるとき何ができるのかを示してくれた。人の思惑どおりの動きをみせる馬、馬の動きに寸部違わず同調する人の姿は美しい。疾走する馬の背で曲乗りする人間の下半身は馬と同じように揺れているのに、上半身はびくとも動かない。骸骨の仮面をかぶった騎乗者のしなやかに伸びる肩から指先にかけてのラインは、こちらに向かっておいでおいでをする。スピードがあるのに静かな夢の中の出来事のようだった。

●ジンガロを観たからといって何も変わらないが、その後のレッスンで「ジンガロごっこ」をさせてもらった。サークルのなかで調馬策を使い、手放し軽速歩しながら両手をいろんな方向へ。一瞬バルダバスや骸骨の騎手になった気分に浸った。めでたし、めでたし。


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