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第3章 駆歩が怖い編 ブログトップ
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駆歩に再び挑戦 [第3章 駆歩が怖い編]

やり直し駆歩クラス初回(通算123鞍目)
■3月最後の日は、陽光に恵まれて乗馬日和。クラブを囲む林からは今年初めてのウグイスの声がきこえる。「ホーホケキョ… ケキョ、ケキョ」と高らかな鳴き声を背に、乗馬できるなんて風流ですな。
■3月中は、ビギナークラスで速歩までの基礎固めをすると決めていたが、春の日差しに誘われて一日早く駆歩クラスに戻る事にした。今日のお相手は、駆歩初心者の為にすべてを捧げていると言われる【ジョージ6世陛下】。彼は、前肢故障の名残で4節の駆歩ができる。だから速歩のリズムに慣れた私には、速歩と駆歩の中間の歩様は大変ありがたいのだ。隅角にきたり、脚を強く使うだけで〈んッタ、んッタ〉の軽速歩が、2ステップの様な〈んタッタタ、んタッタタ〉になってしまう。教官のレッスンの意図からは外れているのだが、「そうそう、駆歩ってこんな風に馬体が前に持ち上がるんだったわ」とか「首が動くから手綱が持っていかれるんだった」と思い出させてくれる。後肢が速歩のリズムで、前が駆歩の型をとってゆっくり走るのは、速歩と駆歩の橋渡しとして心強い。
■駆歩発進では、並足から駆歩になると大きな加速度がかかる。「うわっ!」と無意識に手綱を引いてしまったり、怖くて身体を前傾させてしまったりしがちになる。特に私は、腹筋背筋がなくてグッとこらえて身体をまっすぐに保つ力がなかった。前回の駆歩クラス在籍中にも、「上半身がぐにゃぐにゃ動いてしまう」と指摘されていた。それだからこそ、加速度のほとんどかからない【陛下】の走り方は、目に見えている前半分の馬体が駆歩になってくれて心の準備がしやすいのだ。
■4節のリズムから本来の駆歩にするには、もっと推進を強くしてあげればスムーズに移行する。変速ショックのないホンダの車みたい…と、頭では理解できるのだか。ここで、苦しい状況になってしまった。
■かつて、駆歩で馬にダッシュされてしまった私のハートは、脚や鞭を使おうとするだけで「きゅうう」と固く縮み上がってしまった。さらに、【陛下】がガタガタとリズムを崩したり、鞭をみて首を大きく振ったりしただけで、心のブレーカーが落ちてしまった。
■「くうう〜」と全身に力が入る。鞍にしがみついてしまった。こうなると、お・し・ま・い…
■【陛下】が、へたくそを背中に乗せて45分間耐えてくださる愛に報いなくてどうするの!と自分を叱咤しつつ、次回に期待をつなぐ。 


怖くて駆歩が出せない [第3章 駆歩が怖い編]

再出戻り駆歩クラス 128鞍目
■4月の初旬、引き馬中に2回も転倒させた(された?)事件があって以来、私は馬の鼻息が荒くなっても水たまりが見えても緊張するようになった。 馬房の通路が滑りやすく、これまでにも何回か転倒事故は起こっていた。 まさか何もない所で普通に引いていて馬が転倒するとは思っていなかったので、大きな馬体が激しく床に打ち付けられる姿を見てショックを受けた。 これまで「乗馬は下手でも馬に対する愛情は負けないぞ」と自負していただけに、ひとつ間違えば骨折や打撲につながり、馬や人の命も左右しかねない事故に、私は心のよりどころを失ってしまった。
■桜が咲き春爛漫の時期に、乗馬クラブに足が向かない日が続いた。 口の悪い主人は、「危険人物だからクラブに出入り差し止めになったんだろう」と傷に塩を塗るような軽口をたたく。 
■馬が好き! 馬と一緒になって走る躍動感が忘れられないし、ここでやめたら挫折のコレクションが増えるだけ! となんとか心を奮い立たせて乗馬クラブに行き、親しい会員の方々とおしゃべりをしているうちに、レッスンを再開する勇気がわいてきた。 
■でも… 駆歩は、やっぱりだめでした。 発進がうまく行かず、馬が焦ったような速歩になっただけで心のブレーカーが落ちてしまい、鞍にしがみついてしまった。 「前傾姿勢になればなるほど危ない、また落ちる」と言われるのだが、「言われてできるのなら苦労はしない、できないから苦しいのだ」と内心、逆切れ状態。
■思い返せば、【駆歩発進失敗で速歩を止めようと手綱を引き、逆に馬を興奮させて暴走された】苦いレッスン以降、駆歩がうまくでない=暴走の恐怖・緊張=激しく打ち付けられる馬体のイメージと【怖さの無限ループ】にはまっている。
■教官からは、「駆歩のやり方は教えたし、これまでできていたのだから、あとは自分の心の問題」と突き放されている。 軽速歩までのビギナークラスなら、リラックスして騎乗できるので万年ビギナーでもいいのだが…。 どんくさくて怖がりなおばさんが、そこで安住していては【お荷物中高年】になりかねない。 という危機意識もあって、がんばらないけど、あきらめないつもり。


おばさんが乗馬をあきらめられない理由 [第3章 駆歩が怖い編]

■はっきり言ってしまおう! 
1年前の今日、体験乗馬で初めて馬にまたがってから129鞍目。本格的にレッスンを開始して9ヶ月。 50万円近い費用をかけて今の私ができることは、
 【並足】と【速歩(軽速歩と鐙あげ正反撞を含む)】
 【歩度の詰め伸ばし】と【停止】
 【巻乗り】と【半巻き】と【斜めに手前を換え】のみ !!! です。
そしてアドバイスのは9割は、
 【推進が弱い】【脚が効いていない】【姿勢が前傾】【手綱をもっと短く or 前を持ち過ぎ】【指示が曖昧で馬がわからない】【指示のタイミングが遅い】
■書き出した自分自身でも笑ってしまうが、上記の内容はまさにどんくさくて怖がりな中年おばさんの特徴そのままである。
■恵まれた方々の乗馬日記では、駆歩で巻乗りをしたり、障害を跳んだりとダイナミックな描写が多いのに引き換え、こちらではとつとつと馬が歩いているだけなのである。

しかし、

■ただトロットな馬に乗っているだけでも、自分なりの収穫は多かった。
■大きく2つに分けられる収穫の第1は、身体的変化である。以前にも書いたが、筋肉量が増えた。しかも、体幹の筋肉がかなり強くなった。ピラティスのレッスンにも通っているのだが、そこでのワークアウトで求められることって乗馬で言われる事とほぼ同じ。「骨盤を立てて」「前後左右のバランスをとって」「上半身、下半身の動きにつられず中心を保って」云々。ワークアウトより、馬の動きにあわせようとしているほうが無意識に身体を使う分、徒労感がない。
■第2は、精神面での学び。馬は私の本能に良く似ている。「できれば楽をしたい」「やらなければと焦れば焦るほど空回り」「いつも通りが好き、慣れない事には抵抗」「身体が動かない時にはどんなに励ましても叱っても出来ない、でもいったん動きだせばスルスルとはかどる」「はじめにだるい〜と思っちゃうと一日中どんより」いくらでも思いつく。
■だから、「馬に何かをやらせようとしたらまず推進がすべて」とか「推進の力を行きたい方向以外に逃げないように」や「やらせたい事は何があってもやらせる。妥協すれば馬は言う事をきかなくなる」「叱るのはその後褒めるため」などの台詞は、人間の意欲のコントロールそのものではないかと思っている。
■私のやる気って馬と同じかも。そう感じると上手に馬に乗ることって自分の意欲のコントロール法を学ぶ事と同じじゃない… と、私の場合はずいぶん【へたれ馬】ですが。
■以上の理由により、怖いからといってやめる訳にはいかないのです。やめたら下腹ポッコリ体型に逆戻りなんて、そっちの方が10倍怖い。
■さらに、なぜビギナー安住を自分に許さないかというと、馬が生き物なので何があるかわからない。最低限、3種歩様で止まる・走る・まがるができないと、自分自身をはじめ馬や周囲に安全を保証できなくなるからである。 というわけで、乗馬をやる以上は上達の義務があると思う。
■来年の今頃は、3種歩様での仮免許がとれているといいなあ。


愛に支えられた駆歩 [第3章 駆歩が怖い編]

再出戻り駆歩クラス 130鞍目
■ようやく、駆歩ができた。ほっとした。私を乗せてくれた主席練習馬。ご指導いただいた教官。クラブのみなさま。感謝します !!
■怖さの無限ループに絡めとられ、ブレーカーが落ちて全く乗れなかった前回。にもかかわらず、今回は主席練習馬の愛に支えられ、左右の手前で何周も駆歩が続けられた。
■途中、緊張し過ぎで苦しくなった場面もあったが、なんとかできた。うれし涙がでた。
■無用なプレッシャーを与えずに見守ってくれた教官の配慮にジーンときた。
■さらに練習馬も、レッスンの最初から「心配いらないぞ」とさくさく歩いてくれて、駆歩では、わかりにくい合図だろうに「よっしゃあ」と気持ちのいいリズムで走ってくれる。隅角でスピードが落ちても、「わかってるさ、大丈夫」とまた気合いをいれなおして駆歩してくれた。
■はじめのうちは、緊張でごちごちになってしまい身体が大きく揺れていたが、だんだん慣れてくると楽しい駆歩をしていた頃の感覚がおぼろげながらよみがえってきた。触れれば砕けそうな脆い感覚なのだが、「怖い」だけではない「壮快な」感じ。
■本当にすばらしい主席練習馬♡。へたくそに乗られると辛いことが多いだろうに、身体をはって「わしは大丈夫だから、かんばりな」と応援してくれる。
■馬達の愛に応えるためには、上達するしかないと思う。一寸先は闇。次はどうなるかわからないけれど、あきらめたり投げださないでよかった。


【怖さ】を見つめて [第3章 駆歩が怖い編]

■馬に乗る上での【怖さ】の起源をたどっていくと、何種類かの場面が浮かぶ。
■ビギナークラスのはじめの頃、小さなサークルを出て初心者用の馬場に出た日。速歩を続けたり方向転換できず、だんだんイライラした雰囲気が教官と馬と私の間に漂い始める。折悪しく、その日の馬場はぬかるんでいて、追われる馬のいらだちが極まった所で脚をとられて膝をガクンとつき、私は落馬。
■駆歩クラス。駆歩初心者用の練習馬に慣れてきて、少し軽くて乗り心地の良い練習馬に変わった日。その馬は、手綱を引くと止まらずにますます加速する馬だった。今なら、引けば反抗されて前に出てしまうというのが痛い程わかるのだが、乗るのが精一杯で手綱のコンタクトの重要性も知らず、ゆるゆるの手綱をぎゅーと引っ張って止めるやり方しかやったことがなかった。駆歩発進失敗で止まらない馬と綱引き、加速される。教官から「そうなったら馬を殺すつもりで引け。必ずとめろ!」と叱咤されてこちらも死にもの狂いでひっぱりようやく止まった。「ふう」と息をついて緊張を緩めたとたん走り出す。これも今ならバランスバックを解除してしまったのだから、馬にしてみれば「はい、一発スタート」と当たり前の事をしているだけなのだが、「きゃあ !! ようやく止めたのに、何もしていないのにどうして走り出すの〜」とパニックになってしまった。怖いから馬にしがみついて前傾、ますます加速しての駆歩。埒沿いぎりぎりを走るので脚がぶつかりそうになり、身を固くして落馬。
■そしてこの2月の落馬落馬のとき。この時の落馬は何が原因なのか今でもよくわからない。
■ただやはりこれも、初級クラスでの大人しい重い練習馬から、少しレベルアップした練習馬に変わって2鞍目で起きた。駆歩発進維持に手間取り「手綱をもっともっと短く」持つように言われた事。馬の大きな動きにも慣れてきていたので、リズムがずれて跳ね上げられそうなると鐙を踏んで腰を浮かせてしのぐ傾向にあったこと。なにがどう災いしたのか分らないのだか、急に馬は駆歩を加速させ経験した事のない加速度で埒に向かってまっすぐ走っていった。これまでの経験で暴走しても埒沿いを曲がって走るはずと思っていただけに、「この馬は埒を飛び越す気 ?!」と心臓がぎゅっと掴まれたような気がした後、放り出された。この時は、落馬後立ち上がれなかった。

■こうやって詳しく書き出してみると、私の弱点がよくわかる。
■馬とのコミュニケーションがうまくいかずイライラした雰囲気になるとどうして良いか分らず、腰が引けてしまう。強気に出られずズルズル馬のなすがままにしがち。
■前に出たがる馬にブレーキをかけるのが怖い。出ようとした所ですぐに手綱を控えれば、大騒動にならずに済むと知ったのはつい最近のこと。少しでも減速したらちょっとだけ緩めてあげてまた握るという技を習得するには、手綱をピンと張っていながら騎手はバランスを手綱に頼っていないというレベルに到達しないと難しい。(だって、手綱を緩めたとたんぐらぐらしてより強く引いてしまいそうになるんだもの)
■走る、止まる、曲がると移行の度に、お尻が浮いているのを自覚している。2月の時も鐙に立ち上がっていたからなあ。
■これらを根本的に解決するには、鞍の上にしっかり座って手足が自由に使えるようになるのが、一番の近道かも。ということは、骨盤・脊椎・肩甲骨の歪み補正、体幹の深部筋のトレーニング等を唱えるピラティスもあながち無駄でないと思える。
■そして「うわあ、もうダメ」と思った時のパニック脱出法。これには、まだ方法が見つからない。

… … … … … … … … … …

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リハビリ乗馬2005-02-27
いかに不調を乗り切るか2005-02-28
怖くて駆歩が出せない2005-04-28


132鞍目 やっと普通の駆歩クラスに [第3章 駆歩が怖い編]

 2005-05-09(Mon)  再出戻り駆歩クラス9 通算132鞍目 
■2月の落馬からほぼ3ヶ月。ようやく普通の気持ちで乗馬できるようになった。まだ、馬に乗る直前はジェットコースターの行列に並ぶ時のように、お尻の下がスースーするような気分になるが、ブレーカーが落ちる事はなくなった。
■今日のお相手は、駆歩初心者のために生きる【陛下】 推進が弱いと4節の駆歩になってしまう特技を除けば、決して暴走せず、反撞が小さく、わかりにくい合図でもちゃんと発進してくれる馬である。
■並足、軽速歩まではいつも通り。動かし始めはぎくしゃくした感じがあるので、なるべく後ろに乗るように気をつける。おへそを前に出して頭の位置が高く一定になるような姿勢をとる。
■しかし、違和感が消えない。手綱の左右の感じが違うのだ。左手前で右側の手綱だけがぷらぷらしている。長さが違うのかと手綱をしごいて短めに調節しても、また右側だけが脱力する。さらに
何となく私の鞍が進行方向に対して斜めになっているような気がする。軽速歩なので、鐙を踏む時は左右均等まっすぐ同時に踏まないといけないのに、左鐙の方が前に出ていて腰がねじれてしまう。
■教官に訴えると「内方脚が弱いから」。【陛下】はナントカ(聞き漏らしました)という癖があって、左のハミにのって肩だけを斜め前に突き出して走っている状態らしい。「しっかり内方脚を使って馬のまつげが見えるように、そしてそれを外方できちんと受けて」といわれた。
■原理はさておき、左のふくらはぎから内くるぶしまでべったりと付けてギュウと押してあげると、確かに【陛下】は内側を向いてくれて手綱の左右差がなくなり、気持ちよく前に進めるようになった。「とにかく内方脚が大事! 駆歩の時も同じ」とのこと。でも、駆歩の時はできないだろうなあ。内方だけに力を入れると騎手の体がずり落ちてお尻が浮いてしまう。
■これまで気がつかなかった現象に出会えて、ひとつ勉強になった。
■駆歩発進・維持は5割のでき。発進失敗でパニックになることはなくなったので自分としていい感じ。本来は、内方脚をしっかり付けて合図して、すっと外方脚を引けば発進になる。しかし、これまでの拘泥状態で身に付いた、〈ぎゅーと手綱を引いて馬を止め、何となく内方脚をつけて外方の脚で回し蹴りドン〉という合図の方法が無意識にでてしまう。まるで、馬の耳元で「ばっかやろう!!さっさと出ろって言ってるだろうが!」と怒鳴るようなやり方ですわ。
■気を取り直して、発進直前のタメをしっかりとるようにして、内方脚を意識する。なるべくスマートに「さあ行こう」とささやけるよう努力する。終わり頃になって【陛下】もささやきに耳を傾けて下さるようになった。
■駆歩維持は、これも内方脚。しっかり馬体に脚がついていれば推進は難しくないはずなのに、脚が離れてしまう。また力を入れよう蹴ろうとする度、私の上体は激しく前後に動く。上下の動きが別々にできるようにならないと馬の動きの邪魔になり、速歩に落ちたり暴走したりの結果を招くとのこと。
■「バランスインムーブメントじゃないけれど、はじめは全身の大きな動きの中でバランスをとり、やがて小さな動きでもバランスがとれるようになるっていうじゃない。私はいまだ、歩き始めた幼児。グラグラしながらじゃないとできないの。」という内心の声。
■今日の課題は、〈内方脚〉と〈より小さな動きのなかでバランスをとる〉という初心者駆歩の永遠のテーマでした。


133鞍目 手綱を短く! [第3章 駆歩が怖い編]

 2005-05-11(Wed) 再出戻り駆歩クラス10 通算133鞍目
■【主席練習馬】はゴールデンウィーク後でお疲れぎみ。丁寧に乗ることを心に誓ってお相手をしていただく。
■今日のレッスンはいつもと違い、並足にじっくり時間をかけて馬の動きを味わう事から始まる。「元気よく並足、軽速歩の歩度の詰め伸ばし、駆歩」と勢いに乗せてレッスンを進めるパターンが多かっただけに、新鮮に感じる。
■並足をさせながら馬上体操。腿上げをして座骨の位置を確認する。鐙をはかず静かに脚をおろして馬体の暖かさや馬の腰の動きを楽しむ。馬の後肢がしっかり動いていると腰もズンカズンカと大きく振られる。という訳で私も一緒にモンローウォーク
■姿勢のチェックでは、肩に力が入っていると言われる。腕の重みを真下に落とせるように肩甲骨を少しだけ後ろに引く。
■馬のき甲の向きが馬の進行方向になるので、その向きに平行になるように自分の脊柱や腰の向きを合わせる。馬の頭や耳を眺めて判断する事が多かっただけに、〈馬のき甲と肩〉および〈自分の腰と両脚〉の位置関係をきちんと観察するゆとりが本当は必要だったのだ。これからは、並足をおろそかにせずしっかり馬と自分の位置を把握しなくては。
■速歩→軽速歩→速歩→並足→停止になると、いきなり「手綱が短く!」「きちんと持っていないからどんどん緩むのだ」と叱咤の声。これまで姿勢と脚の事が注意のメインだっただけに面食らう。
■手綱を短く持つと、馬と騎手の動きがダイレクトに響きあう。リズムを崩して馬が首を振れば、こちらはグイッと持っていかれそうになる。また、こちらがおっとと姿勢を崩して拳が上下すれば、きっと馬のハミがガチャガチャなって気持ち悪いだろうなと申し訳ない気持ちになる。つい、「ふらふらする私の手綱に影響されないように」とゆとりを持って軽く持つだけになる。
■これまで、「肘から手首、手綱、馬の口まで一直線になるように」「手綱をピンと張って馬を励ましてあげて」とは言われていたが、「手綱はぐいと引かない」「軽速歩の動きに合わせて上下させない」という注意が多くて、乗っているうちに緩んでくるのには無頓着だった。
■短くもった手綱の位置を覚えておいて、馬に持っていかれてないかチェック。親指と人差し指はしっかり力を入れているようにする。首の動きにつられて手綱が引っ張られる時は、これまでのように握りを緩めてスルスルと持っていかれる事がないように、でもグイッと引っ張り返すのはダメ。難しい…。持ってかれないためには、背筋をものすごく使う。それでも、お尻が浮いてしまう。
■手綱をしっかり張って拳の位置を一定にしながら、脚を使って馬を前に出すのは、車のギアをいきなりトップからセカンドやローに落とした時のような抵抗が感じられる。気持ち良くふわっふわっと走るのではなくて、「ガー !!!」と砂埃をたてて進む戦車のような感じ。こんなのでいいのかしらん。とにかく背筋が酷使される。
■ここまできてようやく駆歩。駆歩クラスだが右手前を数周して終わり。残りは手綱を伸ばして、軽速歩と並足の整理運動。【主席練習馬】に無理をさせずにすんだかな…。


134鞍目 馬の首じゃなく胴体 [第3章 駆歩が怖い編]

 2005-05-12(Thu) 再出戻り駆歩クラス11 通算134鞍目
■今日の課題も〈手綱〉 お相手は【陛下】 
■はじめの並足はよかったのだが、速歩になってからいきなりルートを逸れはじめた。推進が弱いまま開き手綱で方向を指示したので、イライラモードに突入。しっかりコントロールできない状況を見かねて、教官は小さな丸馬場の中に【陛下】と私を誘導。追い鞭も使いながらまず推進。活発な速歩にして【陛下】の気持ちをほぐす。
■その上で、輪乗りや方向転換のときの手綱について学び直し。「まず推進ありき。手綱で首だけ曲げようとしても、肩から反対方向に逃げられるだけ。」と基本を確認した後、手綱のエクセサイズ。「くい〜と引くのではなくグッグッと握ってすこしづつ曲げるようにする」「曲げた分だけ反対を許してあげる」確かにしっかり速歩をしているところでは、ほんのわずかな手綱の握りでちゃんと内側を向いてくれる。 昨日の〈短い手綱〉と同じで、手綱で馬の走る気持ちをダイレクトに感じていれば、ぐい〜なんてことする気も起こらないんだろうな。つまりゆるゆるのコンタクトでいるから馬の首をいきたい方向に向ければいいと無理が通る。
■馬の首は上下左右どちらにでも自由に動く。馬の進行方向は、き甲の向き。つまりたてがみや耳がついてる首じゃなくて、またがっている胴体をどう向けるかが大事。と聞きながら振り返れば、馬の体は2m近くの箱型の乗り物でした。私の後ろにはこんなに大きなものが! 自動車に乗る時も車幅感覚というのがあるが、馬幅感覚を持たないと。
■駆歩の時には、小さな丸馬場なので、つい内側へ曲げなきゃと意識が働いてしまう。そのことで私の体が内側前方に傾いてしまうらしい。馬の胴体はまっすぐに進んでいるのでそれに合わせようとすれば、内側に切れ込むかバランスを崩して速歩に落ちてしまうそうだ。
■「内側に乗り過ぎ」と注意される。直し方がわからないでいると「顔を横にむけて、肩越しに馬場の外を見るように」とよそ見をするように声が飛ぶ。すると不思議。これまで内側にずり落ちそうな気分がピタリと止まり、外方脚を引いていてもお尻が浮かない。流れる風景も足元前方の馬場から、私たちを取り囲む新緑の木々に。「馬の一歩ごとに違う風景を見るように」と言われる。馬の胴体が輪乗りをするということは、箱形の馬体が少しづつ位置を変えながら移動しているようなものらしい。馬に乗りながらどんな風景を見るかは実は重要。足元や馬の首を見る代わりに周囲の美しい風景を見渡せるようになりたい。
■体の前後に長さがない人間と2mの箱形の胴体をもつ馬とは、曲がるメカニズムが違う。まだよく分らず出来ない事だらけだが、またがった馬の体の動きについてちゃんと感じ取れるようになりたい。


馬幅感覚 [第3章 駆歩が怖い編]

■私の中にある馬の姿の変遷。
■昨年春の体験乗馬の頃。
馬はテレビ写真で見るだけで、遠くにいる4本脚の動物のシルエットでしか思い浮かばない。鞍とかたてがみの感触のみ。
■乗馬クラブに入会して本格的にレッスンをはじめた頃。
私のいるクラブでは、馬装や馬の手入れは駆歩クラス以上の会員に許されている。つまり、ビギナークラスでは馬装が整った馬がプラットホームまでやってきて「どうぞお乗り下さい」となる。レッスンが終了後は「ありがとうね、また乗せてね」と馬をねぎらって下馬すれば、そのまま帰れるシステムだったのだ。
■はじめは、お客さま扱いで便利と感じていたのだが、だんだん寂しくなってきた。ただまたがっているだけじゃ遊園地のゴーカートと変わりない。そこで、まずはレッスン始めに馬の名前を聞くことにした。「この子の名は有名なバスケットの選手からとりました」とか、「今話題のアジア女優」とか、「オグリキャップの子供なので」とその由来が楽しい。ちなみに外壁塗料と同じ名前の馬がいるのは、どうしてなんだろう? いまだわからず。
■さらにレッスンの前後でスタッフや教官の作業を見学しながら、「ちょっと手伝ってもいいですか?」とちょっかいを出すようになった。でも、忙しい時にこれをやったら「ごめんなさい、今日はちょっと…」とやんわりお断りも。確かに何も知らない初心者がのったり作業するのを見守るのは、ゆとりがある時じゃないとダメですな。
■だんだん「やりた〜い! ブラシかけ、引き馬、裏堀、いろいろ!」の思いが高まり、初心者用の乗馬教本を読んでイメージトレーニングするも、頭絡の構造などは複雑怪奇で全く訳がわからない。馬房から馬をつれてきて、お手入れ、馬装をひとりでやっている方々が別世界の人に見えた。
■長い見学期間をへて、ようやく秋に駆歩クラス進級。
お手入れ馬装解禁となったが、道具一式洗蹄場に運ぶのも一苦労。鞍があんなに重いなんて知らなかった。手順もあやふやで、30分前に来て準備するのでは足りず、レッスン時間に食い込むことも多かった。
■しかし、鞍を付ける時に馬の体高を実感したり、蹄の手入れの時にはその大きさや角度・つなぎとの繋がり具合で、何となく乗りごこちが予測できたりする。また、ハミをかませるために口の中に指を入れると、暖かく傷つきやすい生き物なのだとはっきりわかるようになる。やはり、馬の傍らにいてあちこち触るようになってから、馬の視線や息づかいを本物として感じられるようになってきたのだ。
■それでも、馬に乗っている時の感覚は、鞍に馬の首がついているだけの姿に近い。時々、ハミをくわえている馬の口角や舌のイメージが頭に浮かぶのだが、馬の脚や胴体がどうなっているのかさっぱりわからない。自動車の後ろのバンパーの角がどこにあって前輪がどこを通るかわかるように、きっと馬の動きも自分のものとして感じ取ることができるはずなのだ。来年の今頃には、せめて鞍の下に馬の肢の感覚を持てるようになりたいものである。


135鞍目 脇見運転 [第3章 駆歩が怖い編]

 2005-05-16(Mon) 再出戻り駆歩クラス12  通算135鞍目
■今日は爽やかな五月晴れ。まさに乗馬日和。肌寒い曇り空が続いていたので嬉しい。
■あともう少しで150鞍になろうとするのに、やっていることは駆歩に慣れること。
「怖い」気持ちが薄らいできて、馬上で固まることはなくなったのだが、やはりどこかが緊張している。
■【陛下】は駆歩初心者のための練習馬なので、曖昧な合図でも騎手がバランスを崩してもなんとか走り続けてくれる。それをいいことに、私は舟をこぐように上体を揺らし、拳を前後に回して乗っている。教官からは「そんなに動いたら馬の邪魔になる、拳を回すな」と言われるのだが、意識してやっているのではないので、いかんともしがたい。
【陛下】の上でガッコンガッコンと身体が揺れるまま、「あう〜どうしたらいいの〜?」「あの気持ちのよかった駆歩はどうやるんだったけ〜」と困惑し続ける。
■ふと、前回「横を向いて肩越しに馬場の外を見る」と言われたのを思い出した。そういえば、輪乗りの駆歩なので、つい斜め前方の馬場ばかり見ている。回らなければという意識が、過度に進行方向に身体を傾けさせていると注意されたのだった。
■顔を横に向けたとたん、視界がぐらりと変化した。馬場の砂や埒、馬の首や肢先がすべてだったのに、急に新緑の風景が流れ出した。そして、鞍に跨がる脚の感覚がもどってきた。大きく踏み出す一歩の形で内側の座骨がごりっごりっとあたるのがわかる。脚が自由に動かせる。そうして、上半身の揺れはすうと小さくなった。「そうこれっ!これなら何時間でも乗っていられる」という感覚。
■頭の向きを変えることで、内側に乗りすぎていたバランスが真ん中に戻ったのだと思う。
これまでは私の重心が馬と隔たっていたので、ぶれが大きくなり、馬に合わせて乗るつもりでガッコンガッコンと揺さぶられていたのかも… 馬の真ん中にちゃんと座れば揺れることは少ないのかもと一人納得した。
■それにしても、脇見ひとつで乗り心地がこんなにも変化するとは驚き!!
頭の位置や視線、肩や肘、腰の方向まで細かに注意されるのは〈バレエ〉ではなくこの〈乗馬〉。
何の関係があるのだろうと不思議に思っていたが、効果を目の当たりにして信じることにした。
■騎手にとって乗りやすいのは、馬にとっても乗せやすいらしい。「乗り心地の悪い馬」と決めつけないで、ほんのちょっとしたことで「乗せ心地のよい人」に変わる可能性があるのだから、精進怠りなく! ですわ。


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