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中高年から始める乗馬 [はじめに]

■先日乗馬クラブで、「もちぇさん、後ろ姿がずいぶんすっきりしましたねえ」と声をかけられた。去年夏に始めた頃の私を知っている女性インストラクターだから、「えっ?わかります?お陰さまでかなり体脂肪も減って筋肉もついたんですよ!」と盛り上がる。
■このブログの記事でわかるように、乗馬の上達はおぼつかない。私は怖がりなので何かあるとすぐレッスンのクラスを変更して、できる事だけをやろうとする。でも、馬に乗るのは大好きで騎乗回数だけは自慢できる。
■この8ヶ月で大きく変わったのは、健康診断の質問項目:運動習慣があるに堂々と○が付けられるようになったこと。そして、筋肉がついたこと。子供達に自慢して見せびらかすのは、上腕のボコッとした力こぶ。肩から前腕にかけてボディビルダーのような姿になってしまった。乗馬で腕が鍛えられるというのは、手綱にしがみついている証拠なのだろうけど…
■見えないところでは、背中や腰回りが〈ルーブルのダビデ像〉のように角張ってきた。おしりの下や内股にはまだまだたっぷりの皮下脂肪が残っているが、これは馬の反撞をうけるための特製ジェルパットなので上達するまでは黙認してしまおう。さらに、内股の筋肉が鍛えられたのか〈ヂューク更家のウォーキング〉が無理なくできるようになっていた。モデル歩きは骨盤がだらしなく開いたかつての私には不可能だった。

■かつて落馬して「下手だからやめようかな」と考えていた時に障害者乗馬のHPをみて驚いた。【乗馬は、腕がなくても両脚が麻痺していても盲目でもできる】と。脚のない人が特製の鞍に乗っている写真を見て、「各人の特性にあわせればいいだけのこと。そのための努力を怠らなければいいのだ」と開き直れた。
■乗馬関連のブログをみるとすいすい上達していく方々の記事が多い。同じ鞍数で私はできないとがっかりすることもあった。だから私は、運動能力が低く、筋肉や骨の量が少なく、どんくさくて怖がりな人間の乗馬日記を書く事に決めたのだ。


ミッドライフ・クライシス

■「人生半ば(中年期)の危機」という言葉を10年ぶりに思い出した。このところ、妙に焦ったり落ち込んだりしている自分を振り返ると、さまにこの言葉があてはまる気がする。
■社会に出て家庭を持ち、ジェットコースターにしがみついて乗っているような毎日を過ごしてきた。ここに来てようやく一息ついて見渡すと、身体的には病み衰える傾向にあり、社会的な責任を負わされているわりには、思い描いていたような成功とは程遠い。あと残りの人生どう生きればいいの? これまではまだまだ若いと思っていたのに、いきなりもう何をやるにも遅すぎたという気分にさいなまれる。ズーンと落ちこんでしまう。 …と。
■大げさに表現すればこうなるのだが、つまり、
一生懸命上達を夢見て100鞍以上乗ってきたにもかかわらず、「まともに馬に乗れない、これ以上やっても無駄」「趣味にこんなにお金をつかっていいのか」「馬に走られるのが怖いからやっぱりやめるって、また挫折なの?」と今後の進退を悩んでいる訳です。
■これまで仕事や趣味に関して、初心者の時は真剣に取り組んだにもかかわらず中断してしまったものが多い。「子供の手が離れたら」「もう少し生活にゆとりができたら」などの言い訳をして、結局置き去りにしたまま。そして今、乗馬も置き去りの危機にある。
■しかも、ここでやめたら二度とは乗馬しないだろうなあ。今後、体力気力は衰える一方だから今よりうまく乗れる可能性は低い。お金がかかるし事故のリスクも高いというのは、乗馬をやらない立派な理由になる。
■やめれば挫折のコレクションが増えるだけ。でも、続けるとしても駆歩で走られると怖いし、下手なのに続けるのはお金の無駄かも。くうー、どうしよう…


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